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大阪高等裁判所 昭和58年(ネ)2397号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一控訴人が肩書地において深江産婦人科医院を、京都市北区紫竹東大門町五二番地において佐々木産婦人科医院を開設し、いずれも保険医療機関の指定を受けていることは当事者間に争いがなく、その指定者が京都府知事であることは、法令の規定に照らし明らかである。

二<証拠>によれば次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

加藤清は大阪市東区森の宮中央一丁目一一番三号第一森宮中央ハイツにおいて、主として癌と宣告されたり、あるいは癌と疑われた者を対象に、ミルク断食療法及び指圧療法による癌治療を行つている。(加藤は健康保険法――以下健保法という――上及び医療法上の資格を何ら有していない。)右治療を求めてくる者は北は北海道から南は沖縄まで全国に及び、常時二〇人から三〇人位の者が同ハイツに住んで右治療を受けている。

控訴人の代表者で保険医の深江雄郎は、加藤の依頼により、昭和五六年一月一三日から同年八月二五日までの間の毎週水曜日に、深江産婦人科医院から約三〇キロメートル離れた同ハイツに赴き、同医師の診察を求めた図師栄次外一七〇名に対し、主として食事療法、生活指導等の療養を担当した。なお深江医師は加藤より一回の診療につき三万円宛の車代を受領した。

三控訴人は、深江医師の右診療行為は健保法の被保険者及びその扶養家族に対する往診にあたるので、往診料(最低の二キロメートル分)、及びこれに伴う診察料、指導料、投薬料等の診療報酬請求権を取得したと主張する。

1 ところで健保法四三条三項は、被保険者が療養の給付を受けんとするときは、都道府県知事の指定を受けたる病院もしくは診療所(以下保険医療機関という)又は薬局等(保険医療機関以外の病院若しくは診療所又は薬局は本件において直接関係がないので、以下保険医療機関のみにつき述べる)で、自己の選定するものにつきこれを受けるとし(なお病院及び診療所は医療法一条により場所を必須の要件として含む医療施設の概念である)、これに対し、保健医療機関は健保法四三条の九により保険者に対し療養の給付に関する費用を請求できる。保健医療機関はその所在地で行う療養の給付のほかに、往診によつて療養の給付を行うことができる(同法四三条の四第一項、同条の六第一項に基づく保険医療機関及び保険医療養担当規則二〇条、以下療養担当規則という)。

2 そこで、健保法上往診をどのように解すべきかについて検討する。

(一) 健保法四三条の三第一項は、保険医療機関の指定は命令の定めるところにより都道府県知事がこれを行うと規定し、右命令(保険医療機関及び保険薬局の指定並びに保険医及び保険薬剤師の登録に関する政令・昭和三二年四月三〇日政令第八七号)の一条は、右指定に関する事務は、当該病院若しくは診療所の都道府県知事が行うものと規定している。

(二) 同法四三条の二は、保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師は都道府県知事の登録を受けたる医師(保険医)たることを要すると規定し、同法四三条の五第一項は、保険医の登録は都道府県知事がこれを行うと規定し、前掲政令の三条一項によれば、登録に関する管轄都道府県知事は、保険医療機関において健康保険の診療に従事する医師については当該保険医療機関の所在地の都道府県知事である。

(三) 以上の指定を受けた保険医療機関は療養の給付に関し、登録をした保険医は健康保険の診療に関し、厚生大臣又は都道府県知事の指導を受け(同法四三条の七)、また保険医療機関は療養の給付に関し厚生大臣又は都道府県知事の監督にも服し(同法四三条の一〇)、場合によつては保険医療機関の指定の取消し(同法四三の一二)や保険医の登録の取消し(同法四三条の一三)に至る。これらは、保険医療機関の行う療養の給付が、法令の規定や一定の診療方針に従つて行われ、保険医療機関が公法上の契約を忠実に履行すること、保険医が同法四三条の六第一項の規定による命令(療養担当規則)の定めるところにより診療に当ることを確保することを目的としている。

(四) なお保険医療機関としての病院若しくは診療所は、医療法により国民の適正な医療を確保する目的を達するため、その人的構成、構造設備、管理体制等の規制がなされ、その規制権限は病院若しくは診療所の所在地の都道府県知事に与えられている(医療法二四条、二五条、二七条ないし二九条等)。

(五) 以上の規定によれば、健保法上、診療は都道府県知事から保険医療機関として指定を受けた病院又は診療所において行われるのが原則であり、往診は例外であるといわざるを得ない。

ところで健保法上の往診については、法規にその概念規定がなく、前掲規則第二〇条第一号ハにおいて「往診は、診療上必要があると認められる場合に行う」と規定するに止まるのである。思うに右往診とは、少くとも、保険医がその属する病院又は診療所を離れ、患者の住所等に出張して診療を行うものと解すべきところ、「診療上必要があると認められる場合」という要件の中には、少くとも患者又はその看護にあたつている者の個別的な要請がある場合であることを含むものと解するのが相当である。そして当該診療行為が右の往診にあたらない場合、保険医療機関は往診としてなした診療行為につき健保法上のすべての診療報酬(往診料のみならず診察料、指導料、投薬料、処置料等を含めて)を請求することができないというべきである。

3 前記認定事実によれば、保険医深江医師は、独自の癌治療を行つている加藤の依頼により定期的に同人方に赴き、同人の治療を受けている患者を診療したというのであつて、患者又はその看護にあたつている者の個別的な要請により加藤方に赴いたのではないから、健保法上の往診の必要性を充たすとは解されない。

したがつて、控訴人は深江医師の前記診療行為によつて診療報酬請求権を取得することができない。

四以上の次第で、控訴人の本訴請求はその前提を欠くのでその余の判断をするまでもなく理由がない。

(乾達彦 東條敬 馬渕勉)

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